日本の夜を彩ってきたのは、グラスの中で揺れる琥珀色の液体だけではありません。テレビから流れてくる、あの心に染み入るメロディ、そして思わず見入ってしまう俳優たちの佇まい。ウイスキーのCMは、単なる商品の宣伝を超えた「映像芸術」として、私たちの記憶に深く刻まれています。
かつては大人の階段を上る象徴であり、ある時は家族の絆を再確認する装置となり、そして現代では日常の疲れを癒やす最高のパートナーとなったウイスキー。この記事では、日本の広告史に燦然と輝くサントリーやニッカの歴代CMを振り返りながら、その魅力の正体に迫ります。
時代を映す鏡としてのサントリー歴代ウイスキーCM
日本のウイスキー広告を語る上で、避けて通れないのがサントリーの存在です。彼らの作るCMは、常に時代の半歩先を行く感性で溢れていました。
特に「サントリー オールド」のCMシリーズは、日本人の情緒に深く訴えかけるものでした。作曲家・小林亜星によるスキャット曲『夜がくる』のイントロが流れるだけで、どこか切なく、それでいて温かい気持ちになる方も多いはずです。このCMが描いたのは「人間みな兄弟」という普遍的なテーマでした。
1980年代から90年代にかけては、より都会的で洗練された、あるいは物語性の強いCMが目立つようになります。「サントリー レッド」のCMで大原麗子さんが見せた「すこし愛して、ながく愛して。」というセリフは、当時の男性たちの心を鷲掴みにしました。控えめながらも芯の強さを感じさせるその言葉は、まさに日本的な愛の形を象徴していたと言えるでしょう。
また、田中裕子さんが出演した「サントリー オールド」の「恋は遠い日の花火ではない」というコピーも有名です。日常の中に潜む、ふとした情熱や過去への郷愁を切り取った映像は、短編映画のような完成度を誇っていました。
ハイボールブームを巻き起こした「角瓶」とマドンナたち
2000年代後半、ウイスキー市場に革命が起きました。それが「角ハイボール」の爆発的ヒットです。このブームの立役者となったのが、一連の「ハイボール、お好きでしょ」のCMシリーズでした。
最初に登場したのは小雪さんです。バーのカウンターで静かにハイボールを作る彼女の姿は、ウイスキー=おじさんの飲み物という古いイメージを鮮やかに塗り替えました。CMソングの『ウイスキーが、お好きでしょ』が流れる中、レモンを搾り、炭酸を注ぐ所作の一つひとつが、視聴者に「自分も飲んでみたい」と思わせる魔法のような力を持っていました。
その後、店主役は菅野美穂さんへと引き継がれます。菅野さんの代では、より明るく、食事と一緒に楽しむハイボールの魅力が強調されました。唐揚げや餃子といった家庭的な料理とハイボールを合わせる「ハイ&カラ」という新しいスタイルが定着したのもこの時期です。
さらに3代目店主として井川遥さんが登場すると、その圧倒的な「癒やし」のオーラが話題となりました。仕事帰りの疲れたビジネスマンを優しく迎え入れる店主の姿は、多くの視聴者にとっての理想のオアシスとして映ったのです。
そして現在、サントリー 角瓶のCMは、蒼井優さんへとバトンが渡されています。これまでの伝統を引き継ぎつつも、より現代的で軽やかな空気感を纏った新シリーズは、ウイスキーが世代を超えて愛される存在であることを証明しています。
職人の魂を伝えるニッカウヰスキーの重厚な世界観
サントリーが情緒やライフスタイルを提案したのに対し、ニッカウヰスキーのCMは、どこか「実直さ」や「職人気質」を感じさせるものが多く見られます。
創業者の竹鶴政孝と、彼を支えた妻リタの物語は、NHKの連続テレビ小説でも描かれましたが、その情熱はCMの端々にも宿っています。「竹鶴」や「余市」といった銘柄の広告では、北海道の厳しい自然や、長い年月をかけて熟成を待つウイスキーの神秘性が強調されてきました。
「ブラックニッカ」のCMでは、おなじみの「ヒゲの王様(キング・オブ・ブレンダーズ)」をアイコンに使いつつ、阿部寛さんなどの実力派俳優を起用。キレのある飲み口と、日常に寄り添う親しみやすさをアピールしています。派手な演出よりも、一口飲んだ瞬間の「旨さ」にフォーカスした構成は、ニッカらしい「本物志向」の表れと言えるかもしれません。
また、ニッカのCMを語る上で欠かせないのが、1980年代の「スーパーニッカ」です。谷村新司さんの名曲『昴 -すばる-』をバックに、壮大なスケールで描かれた映像は、当時の大人たちに人生の深淵を感じさせました。
CMを支える名曲たち!耳で楽しむウイスキーの歴史
ウイスキーのCMがこれほどまでに記憶に残る理由の一つは、選曲の素晴らしさにあります。映像と音楽が溶け合い、独自のブランドイメージを作り上げてきました。
前述した『ウイスキーが、お好きでしょ』は、もともと石川さゆりさんの楽曲ですが、時代に合わせて様々なアーティストがカバーしてきました。竹内まりやさんの透き通るような歌声、ハナレグミの柔らかな響き、そして最近では野田洋次郎さんの都会的なアレンジなど。同じメロディでも、歌い手が変わるだけでハイボールの表情が違って見えるのが不思議です。
洋楽の起用も巧みでした。「サントリー ホワイト」では、レイ・チャールズがサザンオールスターズのカバー曲『Ellie My Love(いとしのエリー)』をソウルフルに歌い上げました。世界のレジェンドが日本の名曲を歌うという贅沢な構成は、ウイスキーという飲み物が持つ「越境性」や「上質さ」を端的に表現していました。
他にも、井上陽水さんの『いっそセレナーデ』や、スターダスト☆レビューの『木蘭の涙』など、ウイスキーのCMからヒットしたり、再び脚光を浴びたりした楽曲は枚挙にいとまがありません。
現代のウイスキーCMが提案する「新しい贅沢」
令和の時代に入り、ウイスキーのCMはさらに多様化しています。単に「酔う」ための道具ではなく、自分自身の時間を豊かにするための「パートナー」としての描かれ方が強まっています。
例えば、「サントリー 知多」のCMでは、佐藤健さんが軽やかな風の中でハイボールを楽しむ姿が印象的です。重厚なバーではなく、テラスや明るいダイニングで、ソーダ割りを「風」のように楽しむ。この演出は、ウイスキーがもっと自由で、軽やかな飲み物になったことを示唆しています。
一方で、高級ラインの「山崎」や「響」といったシングルモルト・ブレンデッドウイスキーの広告では、日本の四季や伝統美、そして「匠の技」を静かに伝える映像が主流です。世界中でジャパニーズウイスキーの評価が高まる中、CMもまた、日本が誇る文化の結晶としての誇りを感じさせる内容になっています。
現代の視聴者は、単なるイメージだけでなく、そのウイスキーがどのような背景で作られ、どのようなこだわりがあるのかという「ストーリー」を求めています。最新のCMは、短い秒数の中にその膨大な物語を凝縮し、視聴者の知的好奇心を刺激しているのです。
歴代ウイスキーCM名作集!懐かしの俳優・女優や名曲、心に残るキャッチコピーを解説
ここまで振り返ってきたように、歴代のウイスキーCMは、私たちの記憶と密接に結びついています。CMを見て「あ、この曲懐かしいな」と思ったり、「この女優さんが作るハイボールが美味しそうだったな」と思い出したりすることは、そのまま自分の人生のワンシーンを振り返ることにも繋がります。
琥珀色の液体をグラスに注ぎ、カランと氷を鳴らす。その何気ない動作に特別な意味を持たせてくれたのは、他ならぬこれらの広告たちでした。
かつての芸術的なサントリーローヤルの映像に圧倒された世代も、小雪さんのハイボールでウイスキーデビューした世代も、そして今、蒼井優さんの新シリーズを楽しんでいる世代も。形は変われど、ウイスキーが提供してくれる「豊かな時間」の本質は変わりません。
今夜は少しだけ良いグラスを用意して、サントリー 角瓶やブラックニッカで自分なりの一杯を作ってみませんか。そして、あの名曲を口ずさみながら、歴代のCMたちが描いた「大人の世界」に思いを馳せてみるのも、粋な過ごし方かもしれません。
日本のウイスキーCMがこれからもどのような驚きと感動を届けてくれるのか。新しい名作の誕生を、一杯のグラスと共に待ちたいと思います。

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