札幌の夜、ネオンが眩しく輝く「すすきの」。日本三大歓楽街の一つとして数えられるこの街には、実はもう一つの顔があります。それは、世界中の愛好家が垂涎する「ウイスキーの聖地」としての顔です。
ニッカウヰスキーの生みの親、竹鶴政孝が余市に蒸溜所を築いて以来、北海道には深いウイスキー文化が根付きました。その文化が最も濃密に凝縮されているのが、ここすすきなのです。
「バーに行ってみたいけれど、敷居が高そう」「せっかく札幌に来たから、ここでしか飲めないウイスキーに出会いたい」
そんな悩みや期待に応えるべく、今回はすすきのの夜を彩る至極のウイスキーバーを厳選してご紹介します。初心者の方から、ボトラーズを追いかける愛好家の方まで、心ゆくまで琥珀色の液体に酔いしれるためのガイドです。
なぜ「すすきの」はウイスキーの聖地と呼ばれるのか
すすきのの交差点を見上げれば、そこには巨大な「NIKKA」の看板が鎮座しています。札幌市民にとって、ウイスキーは日常に溶け込んだ特別な存在です。
この街には、数十年続く老舗から、若き感性が光るニューオープンまで、驚くほど高密度にバーが点在しています。特筆すべきは、その「質の高さ」です。余市蒸溜所が近いこともあり、ニッカウヰスキーの品揃えはもちろん、世界的なオークションでしか見かけないようなオールドボトルが、ごく普通の顔をしてバックバーに並んでいることも珍しくありません。
また、北海道特有の「おもてなしの心」も魅力です。格式高いオーセンティックバーであっても、一見客を温かく迎え入れ、好みに合わせた一杯を丁寧に提案してくれる懐の深さがあります。
ニッカウヰスキーの歴史を肌で感じる名店
北海道に来たなら、まずは「ニッカ」の歴史に触れないわけにはいきません。創業者の情熱が今も息づく店を紹介します。
THE NIKKA BAR(ザ・ニッカバー)
すすきの駅から徒歩1分、ニッカの看板のすぐそばにあるのがここです。まさにニッカウヰスキーの総本山とも言える存在。重厚な扉を開けると、そこには洗練された大人の空間が広がります。
ここで体験してほしいのは、現行ラインナップの飲み比べです。竹鶴 ピュアモルトや余市 シングルモルト、宮城峡といった代表作を、テイスティングセットで贅沢に味わうことができます。また、バーテンダーが作るハイボールは、ガス圧や温度が完璧に計算されており、家で飲むものとは次元が違う「作品」としての味わいを楽しめます。
名物の「カツサンド」と一緒に流し込むウイスキーは、すすきのの夜の最高のスタートになるはずです。
BAR黒の50
「50」という数字にピンときた方は、かなりのニッカ通かもしれません。かつて愛された「ブラックニッカ50」へのオマージュを込めた店名を持つこのバーは、まさにニッカファンの聖地です。
店内は落ち着いた照明で、ゆっくりとウイスキーと向き合うのに最適な環境。終売して久しいオールドボトルや、限定リリースの珍しい銘柄に出会える確率が非常に高いのが特徴です。シガー(葉巻)との相性を追求した銘柄提案もしてくれるため、煙と共にゆっくりと時間を溶かしたい夜にぴったりです。
バー初心者が「最初の一歩」を踏み出せる店
「専門用語がわからない」「注文の仕方が不安」という方も心配いりません。すすきのには、初心者の背中を優しく押してくれるお店があります。
PEAT BOZE(ピートボーズ)
「ウイスキーに興味はあるけれど、何から飲めばいいかわからない」という方に最もおすすめしたいのがこちら。オーナーの気さくな人柄が、バー特有の緊張感を解きほぐしてくれます。
ここでは「スモーキーなのがいい」「フルーティーで飲みやすいものを」といった曖昧なオーダーが大歓迎されます。プロの視点で選ばれた一皿のおつまみと、それに最も合う一杯をペアリングしてくれる提案力は、まさにウイスキーの入門書を開くような体験になるでしょう。
Bar ReCalm(リカルム)
モダンでスタイリッシュな内装が目を引くリカルムは、女性一人でも入りやすい開放的な雰囲気が魅力です。ウイスキーだけでなくカクテルの技術も非常に高く、まずは飲みやすいウイスキーベースのカクテルから始めて、徐々にストレートやロックへ移行するという楽しみ方も可能です。
堅苦しいルールよりも「お酒を楽しむ時間」を大切にしているため、カジュアルなデートや、二軒目としてふらっと立ち寄るのにも適しています。
本格派を唸らせるオーセンティックバーの真髄
バーテンダーの所作、氷の透明度、グラスの薄さ。細部にまで神を宿す、すすきのを代表する本格派です。
Bar Vespa Sapporo(ベスパ 札幌)
札幌グランドホテル出身の熟練バーテンダーたちが守る、伝統と格式のバーです。ベスパの代名詞といえば、なんといってもその「技術」にあります。
たとえば、スタンダードなジョニーウォーカーであっても、彼らの手にかかれば驚くほど表情豊かな一杯へと昇華されます。シェイカーの振り方ひとつ、ステアの回数ひとつに意味があり、その無駄のない動きは見ているだけで芸術鑑賞のような心地よさを与えてくれます。
Bar Adonis(アドニス)
1991年の創業以来、多くのモルトファンに愛されてきた名店です。バックバーを埋め尽くすボトルの数は圧巻の一言。特にシングルモルトの品揃えは凄まじく、スコットランドの蒸溜所を巡るような旅の気分を味わえます。
ここでは、ぜひバーテンダーとの対話を楽しんでください。その日の体調や気分、前に飲んだお酒の種類を伝えるだけで、今のあなたに最適な「運命の一本」を導き出してくれるはずです。
ウイスキー愛好家が探している「希少な出会い」
通をも唸らせる、少しマニアックでディープな楽しみ方ができる場所を紹介します。
ボトラーズブランドの迷宮
すすきののバーを語る上で欠かせないのが「ボトラーズ」の存在です。蒸溜所から樽を買い取り、独自に熟成・瓶詰めを行うボトラーズのボトルは、一期一会の味わい。
ゴードン&マクファイルやシグナトリーといった有名どころから、ごく少部数しか流通しないマニアックなラベルまで。すすきののバーは、これらを驚くほどリーズナブルに、かつ最高の状態でキープしています。東京や大阪の価格帯を知っている人なら、「この値段でこれが飲めるのか」と驚愕すること間違いなしです。
北海道ならではのペアリング
最近のすすきので注目されているのが、地元の食文化とウイスキーの融合です。
例えば、厚岸(あっけし)産の牡蠣。これにアイラ島のラフロイグやアードベッグを数滴垂らして味わうスタイルは、まさに北国ならではの贅沢。また、北海道産の濃厚なバターや生クリームを使ったスイーツと、シェリー樽熟成の甘いウイスキーを合わせるのも至高の体験です。
すすきののバーをスマートに楽しむためのQ&A
初めての場所で失敗しないための、実践的なアドバイスをまとめました。
予算はどのくらい見積もればいい?
すすきのの相場として、チャージ料(席料・お通し代)が800円〜1,500円程度かかります。これにドリンク代が加算されます。スタンダードな銘柄なら1杯1,200円〜、少し特別なものなら2,500円〜といったイメージです。
2杯飲んでおつまみを一品頼むなら、1人あたり4,000円〜6,000円程度が平均的な予算になります。もちろん、ヴィンテージ品を注文すれば価格は上がりますが、注文前に「1杯◯円くらいで」と予算を伝えれば、バーテンダーはその範囲で最高のものを提案してくれます。
予約は必要?
人気のオーセンティックバーや、席数の少ない隠れ家的な店は、事前に電話で確認することをおすすめします。特に週末は混み合います。「今から1名ですが空いていますか?」という一本の電話が、スマートな入店を叶えます。
服装の指定(ドレスコード)はある?
「タキシードを着ていかなければならない」なんてことはありません。清潔感のあるカジュアルな服装であれば問題ありませんが、サンダルや過度に露出の多い服は避けるのが無難です。自分自身が「大人の社交場」を楽しむための、少しだけ背筋が伸びるような格好で行くと、より雰囲気に没入できるでしょう。
ウイスキーを通して見る、すすきのの物語
すすきののバーテンダーたちは、単にお酒を作る人ではありません。この街の歴史を語り継ぎ、訪れる人の夜をデザインする語り部でもあります。
カウンター越しに交わされる言葉、隣の席から漏れ聞こえる心地よい会話、そしてグラスの中で溶ける氷の音。これらすべてが、すすきのという街のBGMです。
一杯のウイスキーには、数十年という時間が封じ込められています。その時間を、この北の大地の喧騒と静寂の中で解き放つ。それは、スマホの画面を見ているだけでは決して味わえない、豊潤な体験です。
すすきののウイスキーバーおすすめ12選!初心者から愛好家まで楽しめる名店を厳選
さて、ここまでいくつかの名店をご紹介してきましたが、これらはあくまで入り口に過ぎません。すすきのに一歩踏み出せば、まだ見ぬ名店があなたを待っています。
おさらいとして、店選びのポイントをまとめます。
- ニッカの魂を感じたいなら: 直営店やゆかりのある老舗へ。
- 基礎から学びたいなら: 初心者歓迎を掲げる、対話重視のバーへ。
- 最高の技術を堪能したいなら: ホテル出身者などが営むオーセンティックバーへ。
- 掘り出し物を探したいなら: ボトラーズの品揃えに定評のあるマニアックな店へ。
ウイスキーは、知れば知るほど奥行きが増す不思議なお酒です。最初は「苦い」「強い」と感じていたものが、いつの間にか「バニラの香り」「潮の風味」として感じられるようになります。その変化を楽しむ場所として、すすきの以上の舞台はありません。
今夜、あなたが手にする一杯のグラスが、忘れられない旅の記憶になることを願っています。重い扉の向こう側、バックバーに並ぶ琥珀色の星たちが、あなたの訪れを静かに待っています。
お気に入りの一軒を見つけて、ぜひゆっくりと、すすきのの夜に溶け込んでみてください。
「次はどんなお酒を飲んでみたいですか?」
そう問いかけてくれるバーテンダーの笑顔が、あなたの新しいウイスキーライフの扉を開いてくれるはずです。

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