「世界一のウイスキーが、日本の埼玉で作られている」
そう聞いても、ウイスキーに詳しくない方はピンとこないかもしれません。しかし、世界中の愛好家やコレクターが血眼になって探し求め、オークションでは一本数千万円、セットで1億円近い値がつくこともある伝説のボトルがあります。それが、肥土伊幸(あくと いちろう)氏が生み出した「イチローズモルト」です。
なぜ、秩父という土地で生まれた小さな蒸溜所のウイスキーが、サントリーやニッカといった巨頭を差し置いて世界を熱狂させるのか。今回は、その波乱万丈の誕生秘話から、現在手に入るラインナップの定価、そして賢い入手方法まで、ウイスキー イチローのすべてを余すことなくお伝えします。
倒産から始まった「逆転のウイスキー」物語
イチローズモルトを語る上で、切っても切り離せないのが創業者・肥土伊幸氏の執念の物語です。
もともと肥土氏の実家は、埼玉県羽生市で「羽生蒸溜所」を運営する老舗の酒蔵でした。しかし、ウイスキー不況の荒波に押され、2000年代初頭に経営破綻。蒸溜所は人手に渡り、残された400樽もの原酒は「廃棄」の危機にさらされました。
「自分が丹精込めて作り、熟成を待っている原酒を捨てたくない」
その一心で肥土氏は奔走します。預け先を求めて全国の酒造メーカーを回り、ついに福島県の笹の川酒造が手を差し伸べました。この救い出された「羽生原酒」こそが、後に世界を驚かせる伝説の始まりとなります。
肥土氏は自らベンチャーウイスキー社を設立。背水の陣でリリースしたのが、トランプの絵柄をラベルにあしらった「カードシリーズ」でした。これが世界的なウイスキー品評会で最高賞を受賞し、一躍「イチロー」の名は世界に轟くことになったのです。
秩父蒸溜所が守り続ける「手作り」の極意
2008年、肥土氏は自身の理想を形にするため、埼玉県秩父市に「秩父蒸溜所」を設立しました。ここで作られるウイスキーには、大手メーカーには真似できない圧倒的なこだわりが詰まっています。
ミズナラ発酵槽という冒険
通常、ウイスキーの発酵にはステンレスや、比較的安価な木材が使われます。しかし、秩父蒸溜所では「ミズナラ」の木を使った発酵槽を導入しています。
ミズナラは加工が非常に難しく、漏れやすいという欠点がありますが、使い込むほどに独自の乳酸菌が住み着きます。これが秩父モルト特有のフルーティーで複雑な、まるで南国の果実のような香り(エステル香)を生み出す源泉となっているのです。
自社で樽を作る「クーパレッジ」
多くの蒸溜所は樽を外部から購入しますが、秩父では蒸溜所内に製樽工場(クーパレッジ)を構えています。職人が自ら樽を組み、修理し、最適な熟成環境をコントロールする。この徹底した「現場主義」が、一滴一滴の質を高めています。
特に日本固有の「ミズナラ樽」での熟成は、海外の愛好家から「オリエンタルな香木、お寺の線香のような気品がある」と絶賛されています。
初心者からマニアまで!イチローズモルトの種類と定価
イチローズモルトには、大きく分けて3つのカテゴリーがあります。それぞれの特徴と、気になる定価(希望小売価格)を見ていきましょう。
ホワイトラベル(ワールドブレンデッド)
最も手に入りやすく、イチローズモルトの入門編と言えるのが「モルト&グレーン ホワイトラベル」です。
- 特徴: 秩父の原酒を核に、世界5大ウイスキーの原酒をブレンド。バニラや洋梨のような甘い香りが立ち上がり、ハイボールにすると抜群の爽快感を楽しめます。
- 定価: 4,235円(税込)
- 楽しみ方: ぜひ1:3の割合でハイボールに。食事を選ばない万能選手です。
リーフラベル(定番の個性派3種)
ボトルのラベルが葉っぱの形をしていることから「リーフラベル」と呼ばれます。
- ダブルディスティラリーズ(DD): 羽生と秩父、2つの蒸溜所の原酒をブレンド。ミズナラの個性が強く、蜂蜜のような甘みがあります。
- ミズナラウッドリザーブ(MWR): 羽生原酒をキーに、ミズナラ樽で再熟成。スモーキーさとビターな余韻が特徴です。
- ワインウッドリザーブ(WWR): 赤ワイン樽で熟成。チョコレートやオレンジのような華やかな甘みがあります。
- 定価: 各8,800円(税込)
リミテッドエディション(青ラベル)
ホワイトラベルの上位互換で、より長期熟成された原酒を使用した贅沢な一本です。
- 特徴: 重厚感があり、ナッツやドライフルーツのような深い味わい。プレゼントとしても非常に人気が高いボトルです。
- 定価: 11,000円(税込)
なぜ売ってない?プレ値の理由と賢い買い方
酒屋に行っても「在庫なし」の札ばかり。ネットショップでは定価の2倍、3倍の価格がついていることも珍しくありません。なぜこれほどまでに希少なのでしょうか。
最大の理由は「生産量の少なさ」です。秩父蒸溜所は小規模な蒸溜所であり、一日に作れる量には限界があります。それに対して世界中から注文が殺到するため、常に供給不足の状態が続いているのです。
では、どうすれば定価で手に入るのか。いくつかのルートを紹介します。
- 地域の特約店を攻略するベンチャーウイスキー社が直接卸している「特約店」と呼ばれる酒屋があります。こうした店では、会員向けに抽選販売を行ったり、店頭でひっそり販売したりしています。まずは近所の専門店に足を運び、コミュニケーションを築くのが王道です。
- 百貨店の抽選販売高島屋や三越伊勢丹、大丸などの百貨店では、定期的にお酒の抽選販売会を実施しています。特に父の日、お中元、年末年始は狙い目です。
- 秩父現地での探索秩父市内の道の駅や、地元のスーパー、酒販店には、観光客向けに在庫が並ぶことがあります。秩父の自然を楽しみながら、「運が良ければ出会える」というスタンスで巡ってみるのもウイスキーファンならではの楽しみです。
- ふるさと納税の活用埼玉県秩父市のふるさと納税返礼品として、イチローズモルトが登場することがあります。一瞬で品切れになりますが、確実に正規品を手にできるチャンスです。
最高の状態で味わうためのテイスティング術
せっかく貴重な一本を手に入れたら、そのポテンシャルを最大限に引き出したいですよね。イチローズモルトをより美味しく飲むためのポイントをまとめました。
- まずはストレートで: 香りを楽しむために、最初は何も加えずストレートで。特にリーフラベル以上は、グラスの中で時間が経つにつれて香りが開いていく変化を楽しめます。
- 数滴の加水: ストレートだとアルコールが強く感じる場合は、ティースプーン一杯の水を加えてみてください。香りが一気に華やかに広がる「ひらく」瞬間を体験できるはずです。
- グラスにこだわる: 口のすぼまったテイスティンググラス(グレンケアンなど)を使うと、秩父モルト特有の繊細な香りを逃さず捉えることができます。
秩父の風土が育む「未来の伝説」
現在、ベンチャーウイスキー社は第二蒸溜所も稼働させ、さらに多様な原酒造りに挑戦しています。
肥土氏はよく、「30年後、50年後のウイスキーを作っている」と言います。今私たちが飲んでいるのは、彼が数十年前に描いた夢の結晶です。そして今、この瞬間も秩父の森の中で、未来に飲まれるための原酒が静かに呼吸をしています。
単なるブームではなく、文化として根付いたジャパニーズウイスキー。その最前線を走り続けるイチロー氏の情熱は、一本のボトルの中に凝縮されています。
もし、どこかのバーや酒屋でその特徴的なリーフラベルを見かけたら、迷わず手を伸ばしてみてください。そこには、一人の男が守り抜いた歴史と、秩父の美しい自然が織りなす、至福の時間が待っています。
まとめ:ウイスキー イチローが愛される理由
ウイスキー イチローがこれほどまでに支持されるのは、単に味が良いからだけではありません。それは、絶望的な状況から原酒を救い出したストーリーがあり、職人たちが一切の妥協を排して「最高の一滴」を追求し続けているからです。
- 歴史: 倒産した蒸溜所の原酒を救ったドラマ。
- 品質: ミズナラ発酵槽や自社製樽による独自の味わい。
- 希少性: 小規模生産だからこそ保たれる高いクオリティ。
これらが三位一体となり、世界中の人々を虜にしています。
定価で手に入れるのは簡単ではありませんが、その価値は間違いなくあります。ホワイトラベルで軽やかに乾杯するもよし、リミテッドエディションで静かに夜を更かすもよし。
あなたも今日から、世界が認めた秩父の奇跡、ウイスキー イチローの世界へ足を踏み入れてみませんか?その一口が、あなたのウイスキー観をガラリと変えてしまうかもしれません。

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